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ぎこちない夫婦の会話。でも、これまでの二人とは違っていた。/連続小説 最終話

ぎこちない夫婦の会話。でも、これまでの二人とは違っていた。/連続小説 最終話のタイトル画像

突然の骨折で入院してしまったキリコ。急にワンオペ育児をすることになり、初めて家族の一人一人と向き合うことになった夫の満。二人はこの数日間で、これまで伝えていなかったお互いの苦労や家族への想いを知った。あとは直接それを伝えられるかどうか……。『夫婦の言い分』いよいよ最終話です。

早智とケンゾーが帰った後、夫が買ってきてくれた苺レアチーズを手に取り、口にする。

気休めでもなんでもいい。今は、背中を押してくれる何かが必要だった。

いやでも、案外あの占いは当たってるのかもしれない。

本当に「これまで経験したことのないアクシデント」に見舞われている。

出会ってから今まで夫があんな風に怒って去ってしまったことはない。

心底、自分勝手な私に呆れてしまったに違いない。

まだ間に合うだろうか。

これからもずっと、夫婦でいられるだろうか。

苺レアチーズを食べ終え、テレビ台の引き出しの中に入れてあった【困ったことリスト】を取り出す。

ぎこちない夫婦の会話。でも、これまでの二人とは違っていた。/連続小説 最終話の画像1

夫が知りたい事、聞きたい事、聞いてほしい事。

すべてにちゃんと向き合おう。

そして、私の気持ちも伝えよう。

それが今、私のできることだと思う。

私は一つひとつの質問の答えを真剣に考え、そしてメッセに打ち込んだ。

――――
Q.そんなに混んでない小児科はどこか。
A.西町診療所の小児科。いつも空いてるけど、総合病院の分院だから、総合病院の先生が日替わりで来ていて安心。

Q.急いで小児科にいくべき熱なのか、の見極め方。
A.嘔吐や下痢が続いた時。熱があっても一晩は様子見で大丈夫。で、もし心配なら小児救急電話相談(#8000)に電話すること。

Q.おもちゃの取り合いの対処法。
A. 奏太は我慢しすぎるところがあるから、貸して欲しいなら「かして」とか、嫌なことは「やめて」って言葉で伝える練習をしてるところなの。

Q. 自分が具合悪い時に家事や育児を乗り越える方法。
A.誰かに頼る。ムリしない。
――――

すべてのメッセを送り終えて、私はすっと鼻から息を吸い込む。

(私の今の気持ちは、なんだろう……)

ぎこちない夫婦の会話。でも、これまでの二人とは違っていた。/連続小説 最終話の画像2

メッセ 「Q.仲直りしたい時はどうすればいい? 忘れちゃった」

夫にメッセージを送り終え、私は胸元にスマホを置いて両手を添えた。

夫からなんて返事が来るだろう。

無視したりせず、ちゃんと私と向き合ってくれるだろうか…。

心臓の音が速くなるのを聞いていると、すぐにスマホが鳴り始める。

夫からテレビ電話が掛かって来た。

私は同室の人に一声かけたあと、通話ボタンを押した。

すると――。

奏太  「ママ~!」

笑顔の奏太が映し出され、その横に夫の顔が見えた。

キリコ「…奏ちゃん」

奏太の笑顔が見れたことが嬉しくて、自然と笑みがこぼれる。

   「ああ、やっと笑ったな。奏太もキリも」

キリコ 「…パパ」

見慣れたはずの夫の顔を見る。

こんなに素直に夫を見つめたのはいつぶりだろう。

キリコ 「……さっきは、さっきは、ごめん。ちゃんと話を聞こうとしなくて。」

   「俺もさ…。キリ、いつも…、あの…あー、ありがとね」

ぎこちない夫婦の会話。でも、これまでの二人とは違っていた。/連続小説 最終話の画像3

キリコ 「…え?」


————二人の会話は、驚くほどぎこちなかった。それでも、明らかにこれまでの二人とは違っていた。


   「いつも奏太が元気なのはキリのおかげだって…改めて気づいたっていうか。遅すぎるかもしれないけど」

キリコ 「ううん。…私だけが頑張ってるわけじゃないんだよね。パパと奏太が帰ったあとね、ケンゾーくんと早智ちゃんがお見舞いに来て、パパのこと色々教えてくれたの」

   「あー…そうなんだ。なんか俺、他人にはいろいろ話せるのにな。肝心のキリにちゃんと話せてなくて」

キリコ 「それはさ、ちゃんと聞こうとしてなかった私も悪かったと思ってる」

ぎこちない夫婦の会話。でも、これまでの二人とは違っていた。/連続小説 最終話の画像4

   「これからはさ、もっといっぱい話そう。キリ。喧嘩になっても、ぶつかっても、お互いが考えている事がわからないまま過ごすよりずっとマシだし。奏太の事とか、家の事とか、俺たち夫婦の事とか、ちゃんと話す時間をつくろう。」

キリコ 「そうだね。私も、そうしたい。」

奏太  「はーい!」

私と夫の話をニコニコしながら聞いていた奏太が元気よく手を上げる。

   「おっ。そうだな、奏太も一緒に決めような。わかったひとー?」

奏太  「はーーーい!」

キリコ 「よかった。ママね、奏太の笑顔がだいすき」

奏太  「奏太もママだいすきー。ねー、パパ」

   「うん」

キリコ 「ママも。だいすき」


人生には、忘れられない瞬間がいくつかある。

受験に合格した日。

プロポーズされた日。

子どもが産まれた日。

それと同じように、今夜のこともずっと忘れないと思う。

ぎこちない夫婦の会話。でも、これまでの二人とは違っていた。/連続小説 最終話の画像5

————翌日。

気持ちの良い青空の下、屋上庭園にママ友たちとその子どもたちが遊びに来ていた。

私は車いすに乗り、子どもたちと奏太が遊んでいるのを見ている。

文乃  「奏ちゃん、元気になってよかったね」

キリコ 「うん、昨日は本当にありがとね。歩ちゃんと恵美ちゃんもありがとう。みんなの言葉が嬉しかったよぉぉぉ」

   「おお、泣くな泣くな」

恵美  「退院したらさ、みんなで美味しいもの食べに行こうよ! 入院食美味しくないんでしょ?」

キリコ 「そうなの…痩せちゃう」

文乃  「…そうは見えないけど」

「あはは」と笑い合っていると、「奏太!」と呼ぶ夫の声が聞こえてくる。

奏太  「パパ!」

午前中だけ会社に行った夫がドーナツ屋さんの箱を二つ抱えてやってきた。

   「皆さん、ありがとうございます。これ、食べてください」

   「わー、ありがとうございます」

文乃  「みんなー、ドーナツだよ。奏ちゃんのパパにありがとうして」

子ども達「ありがとっ!」

キリコ 「じゃあ、先生の話があるから行くね」

恵美  「うん、いただきます」

奏太  「ドーナツ食べる!」

   「奏太の分はこっちの箱にあるから、あとでね」

夫は持っていた箱を私の膝の上にポンッと乗せ、左手に奏太の手を握り、右手で私の車いすを押し始める。

それから家族三人で主治医の話を聞きに行った。

明日からリハビリを始めて、順調にいけば今月中に退院になる予定だ、と告げられた。

「ドーナツ食べたい」を連呼している奏太をなだめつつ、病棟内のオープンスペースに行き、私たち家族は久々にテーブルを囲んだ。

奏太  「ドーナツ食べてもいい?」

   「いいよ。あ、キリに頼まれたタルトも買ってきたよ。一緒に箱に入ってる」

キリコ 「ちゃんとローソンのティラミスタルトだよね?」

   「うん…。なんか最近の注文がやけに具体的じゃない? 前は、牛乳プリンお願い、とかだけだったのに。なんで?」

キリコ 「いいの。神スイーツなの」

   「神スイーツ。ふーん…。はい、じゃあ家族会議を行います。ママ、書記おねがいね」

ぎこちない夫婦の会話。でも、これまでの二人とは違っていた。/連続小説 最終話の画像6

夫が持っていたバッグからノートとペンを取り出すと、私の前に置いた。

新しいノートを開き、1ページ目に今日の日付を書く。

私たち家族はこれから毎月、家族会議をすることに決めたのだった。

キリコ 「えーっと今月の目標。パパから」

  「あー、その前に。社長に状況を話して、キリが退院するまでは在宅でスケジュール管理だけやらせてもらうことになったよ。…万が一、クビになっても怒るなよ」

キリコ 「大丈夫だよ。退院したら私も働くつもりだから、クビになっても次の仕事が見つかるまで繋いであげるし」

   「頼もしいねぇ」

キリコ 「はい、じゃあ目標をどうぞ」

   「うーん、月末にはママが退院してるかもだから、家を見に行く」

キリコ 「お、いいね。じゃあ私は…」

   「まずは”リハビリがんばる”じゃない?」

キリコ 「そうだね、治さなきゃ何も始まんないわ。で、あとは、インスタを始めてみようかなー、と思ってて」

   「インスタ? ツイッターとフェイスブックやってるのに?」

キリコ 「ツイッターとフェイスブックとインスタは乗せる内容が全然違うの」

   「そういうもの?」

キリコ 「そういうもの」

   「それで、何をアップするの?」

キリコ 「大好きなスイーツを乗せてスイーツテロしたり、日々の愚痴を乗せたり…主に旦那の愚痴ね。」

   「おいおいおい、これからはちゃんと話すんだろ?」

キリコ 「話すよ。話した上で、インスタにものっけるの。書くと気持ちも整理されるからね。これでもライターですから。書くことが精神安定剤だったりするの。大丈夫よあんまり悪いようには書かないから。ユーモアたっぷりディスれるくらいまで、お互いに話し合えていればね」

   「いいことも書いてよ」

キリコ 「書くよ。あればね」

   「…頑張ります」

キリコ 「入院中にね、いろいろスイーツ食べ比べたりして、食の面白みをもっと知りたくなったのよ。これまではライターとして強みがなかったし、ちょっと『食』を極めてみようかと。あとは………」

   「なに?」

キリコ 「もうちょっと…髪の毛とか、メイクとか、まぁ、いろいろ頑張ろうかなぁ…」

なんだか気恥ずかしくて小声になる私を夫がニヤニヤしながら見てる。

   「へぇ〜。楽しみにしてます」

キリコ 「………。じゃあ次! 奏ちゃん! 何を頑張ろうか?」

奏太  「でんしゃ、いーっぱい乗る」

キリコ 「いいね。遠出もしたいね。あと、幼稚園のプレもがんばろうね」

奏太  「うん!」

   「あー、それと、毎月の家族会議で俺の短歌も披露することにしたから。俺も短歌を作ってると落ち着くんだよねぇ」

キリコ 「そういえば、昔は時々作ってたよね。めっちゃ甘いやつ。なんだっけ、【愛してる 吐息も指も…】」

   「あー、それはいいから! じゃ、詠みます。」

ぎこちない夫婦の会話。でも、これまでの二人とは違っていた。/連続小説 最終話の画像7

これから先もずっと、自分たちらしい家族、夫婦でいられますように。

円田家の日々は第二のスタートを切った――。


終わり

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連続小説『夫婦の言い分』

連続小説『夫婦の言い分』(作:さいとう美如)

北区赤羽。季節は4月。

キリコ(34)と夫の満(36)は、6年前、よく行くカフェで開かれた料理教室で一...

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