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公開 2017年07月03日  

「あなたが生まれた日の話をします」息子に伝えたい、ぼくたち家族の話。

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ツイッタ―で大人気“あおむろひろゆきさん”の書籍「新米おとうちゃんと小さな怪獣」。全6回に分けて、エピソードをご紹介します。最後のお話は「長男が生まれた日」について。


エピソード6「木漏れ日の中で」


我が家の長男へ

あなたが生まれた日の話をします。

家を出る前に、
あなたのおとうさんとおかあさんとおねえちゃん、
3人での最後の写真を撮りました。

食卓の上にカメラを置いたけど高さが合わなくて、
食卓に『うしおととら』を15冊積み上げて、
その上にカメラを置いて
セルフタイマーで記念写真を撮りました。

あなたのおねえちゃんが
ふざけて変な顔で写っていたけれど、
良い記念写真になりました。


病院に行ってしばらくして、
あなたのおとうさんとおねえちゃんは
外で待つ時間になったので、
近くの神社に行きました。

境内に古いブランコとすべり台がある神社です。

最初は狛犬を怖がっていたおねえちゃんだったけど、
神社に落ちているたくさんのどんぐりや
落ち葉を拾っているうちに
少しずつ楽しい気持ちになってきたみたいです。

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そのおねえちゃんが
ブランコに向かって走り出した時に、
小さな石につまずいて
コテンと転んでしまいました。

いつもは転んでも
すぐに起き上がってまた走り出すのに、
今日は地面に倒れたまま動きません。

おや?と思ったおとうさんは、
おねえちゃんの所まで行って

「大丈夫?」

と声をかけました。

それでもあなたのおねえちゃんは動きません。

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心配したおとうさんは、
おねえちゃんを抱き上げました。

するとおねえちゃんは
砂だらけになった顔をしわくちゃにして、
とても小さな声で一言

「ママ……」

と呟いて、涙をポロポロ流し始めました。


実は、あなたがおかあさんのおなかに
宿ってからというもの、おとうさんには、
おねえちゃんがあなたという弟ができる喜びと、
おかあさんをひとり占めできなくなる
寂しさの狭間で
ずっと揺れ続けているように見えました。

いつもは「おかあちゃん」と呼ぶけれど、
甘えたい時は「ママ」と呼ぶのが
おねえちゃんのクセです。

ここ最近は「ママ」と呼ぶ回数が
随分と増えました。

そしてギリギリの所で我慢していた気持ちが、
神社で転んだ拍子に
溢れ出してきてしまったようです。

「ママ……ママ……」

それは木々の揺れる音に
かき消されそうなほど小さな声でした。

溢れだす水のように、涙が止まりません。

さあ大変だと、焦ったおとうさんは
どんぐりを拾って見せたり、
ごりらのモノマネをしたりしてみたけれど、
あなたのおねえちゃんは
涙をポロポロ流し続けたまま。

困ったな、どうしよう、
ついにはおとうさんまで
泣き出しそうになった、その時です。

ほんの一瞬、冬の冷たい風が吹きました。

その瞬間、大きなイチョウの木から
たくさんの葉が落ちてきました。
それはまるで、黄金色の雨のよう。
とても美しい雨でした。

あなたのおとうさんとおねえちゃんは、
思わず口をポカンと開けたまま、
その雨に打たれました。

この光景がふたりのために
用意されたものだとしたら、
それはあまりにもロマンチックすぎる光景でした。


思わず、あなたのおねえちゃんは
泣くことを止めて

「きいろいあめがふってきた」

とニッコリ。

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つられておとうさんも
ニッコリしてしまいました。

それからふたりはブランコに乗って、
おとうさんはおねえちゃんに、
おねえちゃんが生まれた日から
今日までの話をしました。

おねえちゃんはどこまで話を
理解していたか分からないけれど、
何度もウンウンと頷いて話を聞いていました。

おかあさんはあなた一人のものじゃなくなるけど、
でもおかあさんはあなたのことも、
生まれてくる赤ちゃんのことも
どっちも同じくらい大好きなんだよ。

最後におとうさんがこう言うと、
あなたのおねえちゃんは
ウン!と力強く頷きました。

あなたのおねえちゃんが、
本当の意味で
おねえちゃんになった瞬間だと思います。


いつの間にか黄金色の雨は止んでいて、
ふたりの頭にはイチョウの葉っぱが
たくさん付いていました。

クスクスと笑い合いながら
葉っぱを取り合って、

「いっぱいないたら、おなかすいちゃった」

とおねえちゃんが言うので、
近くのおうどん屋さんに行きました。

あなたのおねえちゃんは
おうどんとおむすびと海老天を食べて、
おとうさんの分のおうどんまで
食べてしまいました。

そのせいでおとうさんは、
おうどんを5本くらいしか
食べることができませんでした。

それでも、あなたのおねえちゃんが、
心を落ち着けてあなたが生まれる瞬間を
迎えることができることが
嬉しくてたまりませんでした。

あなたのおとうさんとおねえちゃんは、
そんな人です。


その頃、あなたのおかあさんは
一人で病院にいました。

点滴をして、いろいろな数値を測ったりして、
手術の瞬間を待っていました。

そんな時でも、あなたのおかあさんは
おとうさんやおねえちゃんの心配をしていました。


その昔、あなたのおとうさんが
絵を描く自信をなくしてしまい、
もうやめようと思った時に
おしりを蹴り上げてくれたのは、おかあさんです。

あなたのおかあさんは、
ずっとおとうさんの味方でした。

そのおかげで、現在のおとうさんがあります。


あなたのおねえちゃんが生まれてからは、
何をする時でも自分のことは後回し。

いつもあなたのおとうさんや
おねえちゃんの心配をして、
家族を支えてくれました。

そして手術を目前に控えた時ですら、
おとうさんとおねえちゃんの心配をしています。

あなたのおかあさんは、
そんな人です。



秋と冬の境目。

冷たい風に踊るイチョウの葉。

カタカタと揺れる自転車のペダル。

病院の待合室に
優しく差し込む木漏れ日。

そんな日に、あなたは生まれました。

病室が全部で9つしかない小さな病院で、
あなたは生まれました。

静かな病院に、あなたのか弱い泣き声が響いたのを、
おとうさんは聞き逃しませんでした。

ちなみにその時、
あなたのおねえちゃんは
イチゴジュースを飲むのに夢中でした。


あなたを初めて見た時、
あなたのおねえちゃんは
嬉しくて言葉にならないといった感じで、
おとうさんの腕の中で
バタバタと踊っていました。

おとうさんのお気に入りのセーターを
引っ張ったりするので、
首元がビロンビロンに伸びました。

おとうさんは落ちそうになるおねえちゃんを
グッと抱きかかえたまま、
あなたの顔を覗き込みました。

あなたはとてもかわいい寝顔をしていました。


あなたのおねえちゃんが生まれたのは、
もう3年前のことです。

おとうさんはすっかり赤ちゃんとの触れあい方を
忘れてしまっていました。

恐る恐る、あなたの手に指を絡めてみました。

あなたは力強く
おとうさんの指を握りました。

おとうさんは思わず

「アーッ」

と叫びました。

しばらくして、おかあさんが
手術室から運ばれてきました。

最後は病院の先生たちとおとうさんで、
おかあさんの身体を担いでベッドに運びました。

神妙な雰囲気だったけど、
おかあさんが

「重くてすんまへんなあ」

と言った瞬間、
みんな思わず笑ってしまいました。

病室の空気が一瞬にして、
明るくなりました。

いつだって太陽のような存在のおかあさんと、
ちょっと頼りないおとうさんと、
泣き虫で優しいおねえちゃん。

それがあなたの家族です。

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あなたは、こんな日に生まれました。

おとうさんも、おかあさんも、おねえちゃんも、
ずっとずっとこの日を待っていました。

多くの人にとっては何でもない、
私たちにとっては特別に大切な日。

それは空気の穏やかな、
とても天気の良い日でした。






***

それぞれの家族にきっとある、
特別に大切な日。

結婚した日。
お子さんが生まれた日。
初めてお子さんが笑いかけてくれた日。
ママ・パパと呼んでくれた日。

…あなたにとっての
特別に大切な日はいつですか?






このお話が収録されている、
「新米おとうちゃんと小さな怪獣」は
こちらから購入できます。

(編集:コノビー編集部 三輪ひかり)

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