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公開 2017年06月23日  

夫が自分で決めて動いてくれた事は、私たちにとってプラスだ。/連続小説 第17話

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病室で寝ていたキリコを、早智(夫の会社の後輩ケンゾー君の彼女)が訪ね、満が抱えている悩みをキリコに伝言する。キリコはそれを聞いて、いろいろな感情が駆け巡るのであった。


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配膳スタッフが患者の名前確認をしている声が病棟内に聞こえる中、私は花の香りに包まれた個人スペースで早智の顔を見ていた。

早智  「昨夜、育児にてんてこ舞いだという満さんの話も聞いたんです。それで私は一番手っ取り早い解決方法を提示したんです。答えはキリコさんに聞くべきだと。だってキリコさんは今、専業主婦なわけで、エキスパートだと思ったからです」

キリコ 「…で、パパはなんて言ってたの?」

早智  「キリだって元はただの女の子だった、すべての答えを知ってるわけじゃない、今だって試行錯誤しながらやってるんだって、包容力たっぷりな表情で語っていました。なんか私、二人の歴史を感じちゃいました」

キリコ 「…へぇ」

(意外な答えだな…。キリに全部聞けばいいのかーって答えると思ったのに。だっていつもは私に丸投げしてるから…)

夫の予想外な言葉に少し戸惑っていると、早智がズボンのポケットからペーパーナプキンを取り出す。

早智  「これどうぞ」

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キリコ 「ん? なに?」

早智  「満さんの【困ったことリスト】です。聞いていませんか?」

キリコ 「…聞いてないね」

早智  「そうですか。昨日、満さん自身も熱を出しながら小児科に行って大変だったようです」

キリコ 「え? 小児科?」

早智  「はい。奏太君が熱を出したそうです。でもご心配なく。知恵熱のようなもので、すぐに平熱に戻りました」

キリコ 「そうだったんだ…」

早智  「それで昨夜、私の悩みを聞いてもらう前に、満さんのてんてこ舞いだった話を聞き、その問題点を書きだしたものがそれです。私には育児経験がありませんので、満さんに答えを提示することができません。しかし私の悩みにアドバイスをしてくださったお礼がしたいのです」

早智はすっと立ち上がると私に頭を下げる。

早智  「満さんは、キリだって試行錯誤していると言いましたが、私は、キリコさんの方が経験があることは事実だと思うんです。満さんに答えを教えてあげてください」

キリコ 「…うーん、はいはい。そうね、やってみる」

早智  「よかったー、感謝します。それとこれをどうぞ」

早智は持ってきていたビニール袋を、寝ている私の胸の上に置く。

「なにこれ」と覗くと、そこには大量のマドレーヌが入っている。

早智  「昨日、マドレーヌを見たキリコさんが心底喜んでいたので、そんなに美味しいものなのか? と気になって、色んなコンビニやカフェ、ケーキ屋さんを回り、買い集めてきました。どうぞご堪能ください」

(昨日、大喜びしたのはマドレーヌがそれが昨日の神スイーツだったからなんだけどな…)

キリコ 「…ありがとう」

早智  「ケンちゃんの言う”察する”についてもう少し考えてみます。じゃ、仕事に戻ります」

苦笑いしている私を置いて早智は去っていった。

その代りに配膳スタッフがカーテンから顔を出す。

スタッフ「おはようございます。朝食です。お名前をお願いします」

キリコ 「円田キリコです」

スタッフ「はい。どうぞ」

トレーに載った朝ごはんがテレビ台に置かれる。
(うわー…今日もただただ蒸しただけのメニュー…)

げんなりしつつ、私は早智にもらった【困ったことリスト】を見る。

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キリコ 「そんなに混んでない小児科はどこか、おもちゃの取り合いの対処法…。いつもみたいに何でも私に聞けばいいのに。なんでこんな非常事態に全然相談してくれないのかな」

ふと、以前ママ友と話した「夫の愚痴」の話を思い出す。

(うちのパパだって昔はなんでも話してくれてた。どうして何も話してくれなくなったんだろう。いつから? 早智ちゃんに「ケンゾーくんに弱さ見せてほしいね」とか言ってさ、パパは全然、私に本音を話してくれてないんじゃないの?)

ふーっと息を吐き、目をつぶる。

キリコ 「そういう私も、ちゃんと話せてないのかな」

(ケンゾーくんの想いを「エグイな」なんて言える立場じゃない。私もただただ察しろ、って勝手にイライラしてたし)

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突然の入院は、奏太に悲しい思いをさせていると思う。

でも夫が私を頼らず、小児科に行ったり、保育所を探したりしたことはプラスだ。

毎日の育児と家事から離れてる今、私も少し落ち着いてこれからの家族のこと、夫婦のことを考えるいい機会なのかもしれない。

(早智ちゃんやケンゾーくんに偉そうに言ってる場合じゃない。私も不満に思ってることがあるならちゃんとパパに話そう)

少し気持ちがスッキリして、私は早智が置いて行ったビニール袋に手を突っ込む。

キリコ 「朝ごはん代わりに食べちゃおうかな」

一つ取り出してみると、セブンイレブンのレモン風味のマドレーヌだった。

キリコ 「昨日たべたミニストップのマドレーヌもレモン風にだったな。レモンが流行ってるのかな?」

さっそく袋を開け、小さくて食べやすいサイズのそやつを頬張る。

(レモンとバターの酸味と甘みが相まって、美味しい! もう一個食べようかな)

次に出たのは、タリーズのマドレーヌ。

(これも瀬戸内レモンって書いてある。でもレモンの風味は少しだし、甘さもあったりしてて軽いなぁ。てか、レモンじゃないオーソドックスなマドレーヌはないのかね)

ガサガサと探し、ファミリーマートのマドレーヌにたどり着く。

キリコ 「うーん、これよ、これ。ザ・マドレーヌ! 安心の味」

マドレーヌを堪能していると、ビニール袋からぽろっと一袋飛び出す。

キリコ 「これはどこのだ…ってこれ、マドレーヌじゃないし。フィナンシェだし。早智ちゃんってなーんかちょっと抜けてるよねぇ」

ぶつぶつ言いながらもローソンのフィナンシェをいただく。

マドレーヌより表面がサクサク。アーモンドの香ばしさがいい。

甘いものを食べながら、これからのことを夫とちゃんと話そうと心に決めたのだった――。

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