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公開 2017年06月20日  

「察して動け」って、無茶な期待だったのかもしれない…/連続小説 第16話

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病室で寝ていると、早智(夫の会社の後輩ケンゾー君の彼女)が訪ねてきた。話を聞いているうちに、自分のこれまでの振る舞いについてもぼんやりと考えさせられていたキリコは、早智が発した気になる一言を聞き逃さなかった。


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私は目を覚ますとすぐさま、テレビのスイッチを押した。
(今日の神スイーツはなに!?)

テレビ 「三月生まれのアナタは…『レアチーズ』を食べるべし! ゆっくり味わう時間が大切もこ! そうじゃないと、これまで経験したことのないアクシデントがあるかも!? もこもこ」

キリコ 「えー、こわっ! すでにアクシデントを受けての入院生活なんですけど!」

テレビ 「それではいくもこよ! あなたにとっての神スイーツは……!?」

キリコ 「なによ、なによ、なによ」

テレビ 「じゃーん! セブンイレブンの二層仕立ての苺レアチーズ! これで最強もこだよ」

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(どうやってセブンの二層仕立ての苺レアチーズするか…。一番、無難にゲットできそうな人に頼んでおくか)

メッセ 「何時でもいいから、セブンの二層仕立ての苺レアチーズを買ってきてほしい」

枕元のスマホを取り、夫にメッセを送ると、夫から電話が掛かって来た。

キリコ 「あ、もしもし、今さ、メッセ」

   「今日から奏太を預けることにしたから」

キリコ 「……え? ええ?」

突然の話に、私は驚いた。

キリコ 「え? どこに? 誰に?」

   「ともだちっこ、っていう認可外のところ。調べたら事前面接なしでさ。さすがに何日も仕事を休めないし、そこに決めたから」

(『ともだちっこ』…? 聞いたことないな。大丈夫なの…?)

私の不安を読み取ったかのように、夫が言葉を続ける。

   「まぁ、任せてよ」

キリコ 「…うん、ありがとう」

   「じゃあもう時間だから」

聞きたいことは山ほどあったけど、夫は電話を切ってしまった。

(まぁ、いろいろ用意とかバタバタなんだろうし…。それは想像がつくけど…。一時保育って一時のくせに、すごい色々持っていくってママ友に聞いたことあるし。とはいえ…『ともだちっこ』ってどんなところなのよ)

気になって仕方ない私は『ともだちっこ』をスマホでさっそく検索してみた。

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そこには「事前面接なし 当日オッケー」と書かれ、ビルの一室と思われる園内の写真が掲載されていた。

滑り台やおもちゃがあり、床にはジョイントマットが敷き詰められている。

広さは20畳ほどしかないように見えるが、大きな窓から光が差し込んでいて明るい。おそらくビルの二階以上に見える。

(ビルの一室か…。園庭がないのってなんか閉塞感があってどうなんだろう…)

心配になりつつ、今度は口コミサイトを見てみる。

すると不安とは裏腹に良い口コミばかりだった。

口コミ 「保育士さんがとっても優しくて、子どもも楽しく遊べたようです」

口コミ 「園内はやや狭いですが、近くにお散歩に行って公園で遊ばせてくれますよ」

口コミ 「朝の手続きの時間は少しかかりますが、当日でも電話をすれば預かってくれるので、急な用事ができてしまった時に助かってます!」

(お散歩に連れてってくれるんだ…。悪い口コミがないし、心配し過ぎなのかな…? とはいえ、奏太を他人に預けるのはほぼ初めてだし。大丈夫かな。「大丈夫だよ。心配ないよ!」って、一声かけてあげた方がいいかな?)

ちょうど同室の人が病室を出て行く足音がし、私はすぐさま夫に電話を掛けようとして、手を止める。

(…でも考えてみたら、パパが私を頼らず自分で決めて行動してくれたのって初めてなんだよね。しかも『任せて』って言ってくれたし…。奏太のことを自分だけで考えて決めてくれたのは、正直、嬉しいかもしれない)

私は小さくうなずくと、スマホをベッドサイドに置く。

(でもな…)

ここは何も口出ししない方がいいという思いと、奏太のことが心配な気持ちの間でグラグラしていると、


   「お花のお届けでーす。私から」

腰にエプロンを付けた勤務中の早智が、仕切りのカーテンから顔を出した。

早智は真剣な表情で私に頭を下げる。

早智  「朝早くから申し訳ありません。少し、お時間よろしいですか?」

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キリコ 「なによ、なによ、なによ。いつも前振りが怖いよ」

早智はテレビ台の花瓶に花を飾ると、姿勢を正し、パイプ椅子に腰を下ろした。

そして昨日のケンゾーとのやり取りや、それを受けて夫からもらったアドバイスを一気に話した。

(…夫のアドバイスがなんかモヤモヤするんですけど)

なんだか腑に落ちない私を置いて、早智は話を続ける。

早智  「満さんからアドバイスをいただき、私はその足でケンちゃんの家に向かいました」

キリコ 「おお、行動が早いね」

早智  「えぇ、それが私の長所であると考えています。まずケンちゃんは私の格好に再度、驚いている様子で『その恰好で電車に乗ったの?』と言われました」

キリコ 「あれ、ケンゾーくんってどこに住んでるんだっけ?」

早智  「市ヶ谷です」

キリコ 「…おぉ、南北線で30分くらい乗ったのね」

早智  「ケンちゃん以外にどう思われても平気です。でもケンちゃんだけには…。だから私にとってとても勇気のいる行動でした」

キリコ 「そっか、そうだね」

早智  「はい。それでケンちゃんに言いました。『結婚前にいろいろ本音で話したい。私もこうやって本性を見せてるのだから、ケンちゃんも私に見せてない顔があるなら見せてほしい。なんでも思っていることは言ってほしい。努力したい、二人の将来のために』と」

(早智ちゃんって、ちょっと変わってるけど、真面目でまっすぐでいい子だから好きなのよね。なんだかんだで)

キリコ 「それで? ケンゾーくんは…」

(どうか早智ちゃんを包み込んでおくれ! ケンゾーくん!)

ドラマのハッピーエンドを願う気持ちでいた私は、ケンゾーの返答で現実に引きずり戻される。

早智  「1、いつまでも恋人同士のようでいたい俺の気持ちを察して、最低でも月の半分くらいは部屋着じゃなくて、きちんとした服で俺の帰宅を待っていてほしい。メイクは寝る間際まで落とさないでほしい」

キリコ 「…え?」

早智  「2、俺の体調を見て、接待続きだったら胃に優しい料理、会議前だったらパワーのつく料理をお願い」

キリコ 「…は?」

早智  「3、俺は潔癖気味だから、常に掃除をして綺麗を保っていてほしい」

キリコ 「…エグいな」

(なんなんだ、その夢見る願望は。妻は魔法使いじゃないぞ)

早智は顎に手を当て、空を見る。

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早智  「キリコさん、1の『俺の気持ちを察して』なのですが、察するっていうことは、つまり…相手の頬の筋肉の動きとか、息づかいとか、そういうものを統計的に分析するということだと思うのですが、これって実際にはどうすればいいのでしょう。常に動画を撮っておくわけにはいきませんし。ケンちゃんに言われてからずーっと考えてるんですけど、答えが出ません。それと2も突然、会議になることもあるじゃないですか。どうやってその辺を対処すればいいのか……」

(だからさ、真面目すぎるのよ、あなた)

キリコ 「…いや、そう、難しく考えなくていいんじゃないの? ていうか、ケンゾーくんが言ってること結構めちゃくちゃだよ?そもそも守る必要あるかな」

早智  「キリコさん、それは私たちが話し合って決めることですので」

キリコ 「お、おう…。そうだね、そうだよね。察するかぁ…。なんか、なんとなーく、なんとなーく、ケンゾー君が思ってることを想像して動けばいいんじゃないかな」

私の返答に、早智はプチパニック状態になる。

早智  「想像……………。そんな曖昧なものに頼るなんて、私には難易度高すぎます!」

キリコ 「大丈夫だよ。想像が外れても大したことない(から)」

早智  「今日はこの服を着て待っててほしい、今夜は煮物が食べたい、明日は肉料理が良いって言ってくれなきゃ、スーパーで材料を買うことすらできませんし、服も着れません」

キリコ 「…聞いてる?」

早智  「察する、なんて難しすぎます! だって心の声なんて、言わなきゃ無いのと同じですよね? そう思いませんか!?」

キリコ 「そ…だね」

(言われてみればそうなのかも…)

キリコ 「ケンゾーくんは早智ちゃんに対する期待値が高いんだよ。言わなくても分かってくれるだろう、って思ってるんじゃないかなぁ」

ケンゾーの気持ちが分からなくもない。現に私もパパに対して『察しろ』と思っていたから。

(…確かに言わなきゃ分かんないよね。心の声って)

早智  「はぁぁぁ…。いつかはキリコさんと満さんみたいに何でも分かり合える夫婦になれるのでしょうか」

キリコ 「え? どういうこと?」

早智  「昨夜、育児にてんてこ舞いだという満さんの話も聞いたんです。それで私は一番手っ取り早い解決方法を提示したんです。すべての答えはキリコさんに聞くべきだと。だってキリコさんは今、専業主婦なわけで、育児のエキスパートだと思ったからです。でも満さんは『それはちょっと違う』って…」

(パパは一体、なんて答えたんだろう…)

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