1. 総合トップ
  2. >
  3. ライフスタイル
  4. >
  5. 夫婦・家族関係
  6. >
  7. 「親子で発熱するとしんどい説」は、ガチだった。/連続小説 第13話

「親子で発熱するとしんどい説」は、ガチだった。/連続小説 第13話

「親子で発熱するとしんどい説」は、ガチだった。/連続小説 第13話のタイトル画像

妻キリコの急な入院により、ワンオペ育児状態となった満。初日から散々苦労するのだが、さらに悪いことに自分が発熱。そして息子の奏太も発熱してしまう。診察券を必死に探して小児科に向かうが、そこには満の想像をはるかに超える状況が待っていた。

キリコとの電話を終えた俺は、スマホを放り投げると、倒れるようにソファーに横たわった。
(あんな言い方しなくてもいいだろ)

リビングの横の和室を見ると、遊び疲れた奏太がすやすやと布団で眠っている。

   「俺も少し寝とくか」

目をつぶると同時に、床に転がっているスマホが鳴り始めた。
(やっぱり俺を心配して電話してきたかな、キリ)

よっこいしょ、と起き上がり、まんざらでもない顔でスマホを見ると、会社の社長からだった。

   「…はい」

社長  「奥さんの調子はどうだ?」

   「そうですね…。骨折なんではっきり退院日は分からないんですけど、先生の話だと一か月くらいは入院になりそうです」

社長  「そうか。それで満は明日には来れそうなのか?」

   「子どもの預け先が決まらなくて、明日は…難しいです。すみません」

社長  「困ったな。クレーム処理がケンゾーだけだと終わらないんだよ」

   「そんなに件数あるんですか?」

社長  「あぁ。満には前々から話してるけど、ここ数年、依頼が増えたから一気にアシスタントを増やしたのはいいけど、ちょっとミスが多いよな」

   「…そうですね」

社長  「弁償代を払ったり、ギャラなしでチャラにしてもらったり…。売り上げがこのまま減るようなら、社員も含めて誰か切ることも考えないといけなくなるな」

   「…そうですか」

社長  「まぁ、そういうことだから早めに頼むよ」

社長から電話が切れ、俺はふっと息を吐き、キッチンへと向かう。

「親子で発熱するとしんどい説」は、ガチだった。/連続小説 第13話の画像1

冷蔵庫を開け、アイスコーヒーを取り出し、コップに注いだ。

安っぽい味がする。
(うまいコーヒーが飲みたいな)

会社が傾いていることは社長から聞いていた。

万が一、転職するようなことになったらどうしようか。

三十代後半の転職はうまくいくのか。

妻子を抱えて路頭に迷うことは許されない。ああ、胃が痛い。

奏太  「パパ…」

ぼんやりとしていると、いつの間にか奏太が俺の足元に来ていた。

  「起きたの?」

奏太の顔を見ると真っ青である。

   「…どうした?」

俺がそう聞いたと同時に、奏太が床に嘔吐してしまう。

   「…大丈夫?」

「親子で発熱するとしんどい説」は、ガチだった。/連続小説 第13話の画像2

驚いて奏太に触れると、奏太は燃えるように熱を持っている。
(これはえらいことになった…)

   「小児科…どこがいいのか、キリに…」

キリコに電話をし掛けて、俺の手が止まる。

「あのさ、大人の37.5度なんて微熱でしょ。いや、むしろ平熱の域だよ。我慢しろよって話だよ」

(あんなこと言われちゃもう頼りたくない。その上、奏太が熱を出してるなんて言ったらなんて言われるか。具合の悪い時に、これ以上責められるのはごめんだ)

俺はキリコではなく、タクシー会社に電話を掛けた。

それからネットで近所の小児科を検索して、一番近いところにタクシーで向かった。

――向かったのは良かったのだが。
(なんだこれは…)

小児科内は病気の子どもと母親が溢れかえり、入りきれない親子が小児科の外でも待っている。

俺は面喰いながら、奏太を抱っこして受付に向かう。

   「あの、子どもが熱を出していて」

受付係 「診察券をここに入れてくださいね」

   「…診察券、どこかな」

受付係 「初めてですか?」

綺麗だがまったく愛想の無い受付係の女性が俺をジロりと見る。

   「どうかな…。俺が連れてくるのは初めてで」

奏太を病院に連れて行くとき、キリコが持って行っているケースをリュックから取り出して、診察券を探す。

左腕には奏太を抱いているため、うまく探せない。

受付係 「保険証と受給証はありますか?」

   「受給証…あ、これかな」

「親子で発熱するとしんどい説」は、ガチだった。/連続小説 第13話の画像3

受付係 「これは母子手帳です」

   「すみません…」

受付係 「それですね、ピンク色の。あと保険証もそこに挟まってますよ」

   「あー…、これですね、すみません」

必死になって必要なものを取ろうとしていると、俺の腕からずり落ちそうになっている奏太が愚図りだす。

奏太  「パパ! 抱っこ! 抱っこ! うー、うー」

   「わかった、わかった」

受付係 「お預かりしますね。じゃあ、お待ちください」

   「…あの、どれくらい待ちますか」

(終わり次第、俺も内科に行きたい…)

受付係 「そうですねー。二時間はお待ちいただくようになるかと」

   「…え」

受付係 「症状によって、順番が前後することもありますので、院内でお待ちください。万が一、いらっしゃらない場合は、後にお待ちの方を先に診察することになりますので、その点もご了承ください」

自分の熱が上がっていく気配がして、受付係の話がまったく耳に入って来なかった。

――小児科が入っている五階建てのビルを出ると、辺りはもう暗くなっていた。眠そうな奏太を抱っこして、通りを走るタクシーを捕まえる。

「親子で発熱するとしんどい説」は、ガチだった。/連続小説 第13話の画像4

運転士 「どちらまで」

   「あー…Bun'kitchenってわかりますか? 赤羽の」

運転士 「うーん、どうかな。赤羽方面に向かうので、近くなったらまた教えてもらえますか」

   「はい…」

(ただ奏太を抱いて待っていただけなのに、頭も体もクタクタでもう何も考えられない…。家に帰ってご飯を作る気も、部屋を片付ける気も、洗濯する気にもなれない…。とりあえずBun'kitchenに行って落ち着こう…)

タクシーが走り出すとすぐに奏太は眠ってしまった。

俺も運転士に声を掛けられるまで目をつぶっていよう。

川口から橋を渡り、赤羽方面に向かう。それからBun'kitchenへのルートを説明して、見慣れたカフェに到着した。
(奏太、眠ったままだなぁ…)

どうするべきか。それを考える頭の余白もなく、俺はお金を払うと奏太を抱いたままBun'kitchenに入った。

店主  「いらっしゃいませ」

ディナータイムで店内は満席だった。
(マジか…)

唖然とする俺に店主が優しく微笑む。

店主  「相席でもいいですか? 四人席のソファーテーブルなので、奏ちゃんを寝かせておけますよ。ブランケット持ってきますね」

   「…すみません」

優しさが五臓六腑に染みわたる。

店主に案内された席に行くと、そこにはどんよりとした雰囲気の女性が一人で座っている。

店主  「相席よろしいでしょうか」

店主の声に、女性はこちらを振り向いた。

当社は、この記事の情報、及びこの情報を用いて行う利用者の行動や判断につきまして、正確性、完全性、有益性、適合性、その他一切について責任を負うものではありません。この記事の情報を用いて行うすべての行動やその他に関する判断・決定は、利用者ご自身の責任において行っていただきますようお願いいたします。また、表示価格は、時期やサイトによって異なる場合があります。商品詳細は必ずリンク先のサイトにてご確認ください。

この記事を書いた人
連続小説『夫婦の言い分』の画像
連続小説『夫婦の言い分』

連続小説『夫婦の言い分』(作:さいとう美如)

北区赤羽。季節は4月。

キリコ(34)と夫の満(36)は、6年前、よく行くカフェで開かれた料理教室で一...

  1. 総合トップ
  2. >
  3. ライフスタイル
  4. >
  5. 夫婦・家族関係
  6. >
  7. 「親子で発熱するとしんどい説」は、ガチだった。/連続小説 第13話