長女が学校に通い始めた頃、日本で言うところの懇談会の案内が来た。

担当の先生と15分ほど親が話すというもので、学校が終わった夜6時から8時ごろ居残った先生と両親が話す。

ベルギーは共働き国家なので仕事がある人にも配慮されてのこの時間。


しかし、先生にも家庭はあるので出来るだけ居残る時間は短縮したい…。

そのため(だと私は思っているが)この懇談会は先生が不要と思えば

その旨を記載し「まぁ、なんか学校にいろいろ不安な点とかあったらしゃべりに来てもええけど?」的な感じで

行くか行かないか選択肢が与えられている。


もちろん先生と話したい保護者がいるなら別。

そこはちゃんと対応してくれるし、

そもそも先生が問題ありと見なされた生徒の親は「時間は融通するし必ず来て!」と念をおされる。


ベルギーは義務教育中も留年はしまくるし、知的に問題があるとなればすぐさまその対応がなされ、

必要ならば転校も推奨するお国柄。


必要ならば必要なだけ対応するけど、必要じゃないなら時間節約したほうがお互いのためだよね?

というようなゴリゴリの合理主義王国なのだ!


こういったことは必ず行かねばならないと思い込んでいた私は絶句。

しかし、だんだん「そうか。行かなくていいのは楽かもしれない…」となり、

最終的には「楽だ…!楽なのは正義や…!」となった。


長女が大きくなったとはいえ、次女・三女の世話で慢性的に疲れていたのだ。

もし、子どもが長女だけなら「いい子である」という言葉を聞くためだけに

先生に時間を設けてもらったかもしれないが、先生とて疲れているはず。

余計な手間はとらせなくて良い、そう判断した我々である。