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公開 2017年05月26日  

未婚女子に、ちゃんと結婚と育児のリアルを伝えてあげたい私。/連続小説 第9話

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風呂場で足を滑らせてしまい、骨折で入院する羽目になったキリコ。夫の会社の後輩であるケンゾーは、彼女の早智にその事を話していた。早速お見舞いにやってきた早智は神妙な面持ちで、キリコにある事を告げた。


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ふっ、と目を覚ますと見慣れない天井で、入院したことを思い出した。

四人部屋の狭い個人スペースだけど、幸い窓際だったから、カーテンから漏れる日の光が心地いい。
(今日はすごく良い天気になりそう)

昨夜は腰の痛みと、奏太の心配でなかなか寝付けずにいたけど、処方された痛み止めの薬をベテラン看護師さんに飲ませてもらい、ぐっすりと眠れた。

いつもは夫、奏太、私で川の字で寝ていて、夜中に何度か奏太に蹴られたり、夫のいびきにイラついたり、奏太に布団を掛けたり…と起きてしまう。

なので朝まで一度も起きずに眠ったのは、久々だった気がする。

同室の患者さんも起き、病棟内から声が聞こえてくる。

私は手元に置いてあったテレビのリモコンを取り、スイッチを入れた。

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いつもの情報番組が流れ、ちょうどスイーツ占いになった。
(昨日は牛乳プリンを食べ損ねてえらいことになったから、今日は何が何でも食べてやる…)

テレビ 「三月生まれのアナタは…『マドレーヌ』を食べるべし! 小さいお口でまったり食べれば、不安がいつの間にか消えちゃうモコモコ!」

CGで出来た謎のもこもこした白い生き物がそう告げる。

なぜこんな嘘くさい占いを信じているのか…。

自分でも不思議だけど、自分で色々決めることに疲れると、占いでもなんでもいいから頼りたいのかもしれない。

いつもなら朝の家事にバタバタで、「早く朝ごはん食べなさい!」とか、「おかあさんといっしょはニュースが終わってから!」とか、奏太を怒鳴りまくりながら、この占いを見てる時間だ。

奏太は私が居なくて大丈夫だろうか。不安に思っていると…。

テレビがまさかの展開を迎えた。

テレビ 「それではいくモコよ! あなたにとっての神スイーツは…!?」

キリコ 「…え? なに」

テレビ 「じゃーん! ミニストップの瀬戸内レモンマドレーヌ! これで最強モコだよ」

(…ラッキースイーツって、何でもいいんじゃなかったの!?)

いつも奏太に「ニュース見ないよ。つまんないよ」と愚図られ、ラッキースイーツを確認するとEテレに変えていたため知らなかった衝撃事実。
(ラッキースイーツに具体的商品名があったとは…)

愕然としているとテレビ台の上のスマホが鳴り、どうにか手を伸ばし取ると、早智からメッセが来ている。

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メッセ 「ケンちゃんから、キリコさんが入院したと聞きました。すぐにお見舞いに行くのは、キリコさんの体がお辛いのでご迷惑かと思いましたが、圧迫骨折は基本、寝ていることが治療だとWikipedhiaで見ましたので、お話し相手にはなれるのではと思っています。それで、お見舞いに行っていい日時と、なにか必要なものがあればお聞かせくださればと思います」

キリコ 「お見舞いにいきまーす、だけでいいのにねぇ。まあ、なんかかわいいけど。…あ! お願いしちゃおう」

早智の回りくどいメッセに思わず笑いながら、「ありがとう。いつでもどうぞ。ミニストップの瀬戸内レモンマドレーヌが食べたいです」と返信した。

――10時半ごろになり、早智がお見舞いにやってきた。今日はまるで初夏のような天気で27度にまで上がると天気予報でやっていたけど…。

(ケンゾー君以外に会う時はなんでもいいのよね、この子は)

早智はボサボサの髪を洒落っ気ゼロの黒ゴムで束ね、胸に「PEACE」とプリントされたくたくたのTシャツに、「なぜその色」と問いたい感じのダサいブルーのジーパン姿だった。

その極端さに可笑しくなりつつも、私は早智の持ってきた花束の香りに癒される。早智は花屋「Blooming」で長年、働いている。

キリコ 「いい香り」

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早智  「急な入院でストレスを感じていると思ったので、癒し効果がある香りの花だけを花束にしてきました」

キリコ 「今日、花屋さんお休みなんだ?」

早智  「はい。私は毎週水曜日が休みなんですが、先週の水曜日、パートの中野さんが急なお休みになり、代わりに出勤したので、それで今日休みになりました。急なお休みはとても困るのですが、子どもがインフルエンザでは何も言えません。というか、この時期にインフル? と疑問に思ったのですが、いるみたいですね、まだ」

キリコ 「あー、友達の子も四月に入ってからなったよ、インフル」

早智  「そうですか。あ、無かったらと思って花瓶を持参しました。良かったら使ってください」

キリコ 「ありがとう」

早智  「あと、これマドレーヌです」

キリコ 「きゃー! ありがとう!」

(神スイーツ! これで今日は絶対安泰!)

早智からマドレーヌを受け取りテンション爆上げしていると、早智がそんな私をじーっと見る。

早智  「………」

キリコ 「…こ、これ食べたかったんだー」

早智  「…そうですか」

 (…?)

早智は真っ白な花瓶に花束を飾ると、改まったように椅子に座り、私を見る。

キリコ 「…え、なに、怖い顔して」

早智  「見てください」

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早智は左手薬指に輝く婚約指輪を私に見せた。

ハート形の小ぶりなダイヤが光っている。

早智  「この度、私とケンちゃんは婚約いたしました」

キリコ 「おお! おめでとう」

早智  「ありがとうございます。結婚に向けてあらゆる書籍を読み、努力を積み重ねた結果です。結婚後は庭付き戸建てを購入して、休みの日にはお庭で子どもとガーデニングを楽しむ、それが私の理想です。次は私そこへ向かいます。そういえばキリコさんちも家を探してるんでしたよね? 決まりそうですか?」

キリコ 「…え。…いやー、決まりそうも何もパパが全然うごかなくて。…それよりこの辺でもガーデニングができるほど広い庭付き戸建てって、5000万以上するよ? 早智ちゃんも必死になって働かないとだね」

早智  「いや、それはまだきちんとした答えを出していません。買えないのであれば、ここを離れるまでです。キリコさん、三歳児神話ってご存知ですか?」

キリコ 「あー、三歳までは母親が育児に専念しないとうんぬんってやつ?」

早智  「そうです。私、その話は神話なんかではなく正しいのではないかと思ってるんです。現に三歳まで家庭で母親と密接に過ごした人は家族に優しい、と、私の統計でそう出ていますので」

キリコ 「でた、一見科学的そうだけどぜんぜんそうじゃないやつ。私の統計って…。」

早智  「ということで、私は出来るだけ子どもの傍にいてあげたいと思っています。なにせ大好きなケンちゃんの子どもですから。ふっ…」

鉄仮面の早智が急にニヤつき、私はちょっとギョッとする。

早智  「私がその子から離れられるわけないじゃないですかあぁぁぁ!」

(…二重人格なんじゃないのかね。ちょっと怖いわ)

私は引き笑いをしつつも、早智の言葉に反論せずにはいられなかった。

キリコ 「いや…実際、育児すると離れたくなることも全然あるけどね。日中こどもと二人っきりってのをずーっとって、思ってるより辛いよー。実際やってみるとね」

(まあ、やってみないと分からないよね、こればっかりは…)

早智  「え、自分の子どもが可愛くないんですか?」

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(おっと、すごい質問きたよ)

キリコ 「いやいや、私だって子どもは可愛いよ。でもね、子どもがかわいいことと、育児のしんどさは、ごちゃ混ぜになって同時に押し寄せてくるの。そして時にはかわいいと思えないことだってあるのよ」

早智  「わかりません」

早智は真面目な顔を一切崩さず、私をまっすぐに見てくる。

キリコ 「んー、なんていうかな。でもたぶん親になってみればわかると思う。程度はあれど、周りのママ友たちも似たような事言ってるし。だからこそ一緒になって、本当まるで部活みたいに、なんとか頑張れる」

早智  「ちょっと何言ってるかわかんないです」

キリコ 「…富澤たけしかよ」

早智  「富澤っ…。あはははっ」

私の突っ込みに早智は心底ウケている。そんな面白かったか?

早智  「確かに、確かに、今のは富澤たけしだ。わざと言ったわけじゃないんですけど、やっぱり好きなものって隠せないもんですね。私、お笑いの中でサンドイッチマンが一番おもしろいと思うんです。彼らは天才です。どこが天才かと言うと…。あ、長くなるけどいいですか?」

(もういいぜ…)

早智の相手を放棄しかけていると、私のスマホが鳴り、ママ友からグループメッセが届いた。

キリコ 「あ、ちょっとごめんね」
(助かった…)

メッセ 「今日、遊べる人いますか~?」

キリコ 「実は圧迫骨折で昨日から入院してます…っと」

私が返信するとすごい勢いでみんなからメッセが返ってくる。

早智  「音、鳴りっぱなしですが何事ですか?」

キリコ 「ママ友たちが心配してくれてるの」

早智  「キリコさん、お友達たくさんいるんですね」
(言われてみれば…いつの間にかママ友が増えてたなぁ。昔はどちらかというと人見知りだったのに)

私はふと、これまでのことを思い出し始めた――。

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