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公開 2017年05月23日  

え、もうこんな時間…。「ワンオペ育児」初日の夜に思うこと/連続小説 第8話

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妻キリコの急な入院によって、いわゆる「ワンオペ育児」状態になった満。はたして無事に初日の夜を過ごすことはできるのだろうか…。


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今夜の夕飯はコンビニで適当に買ってきた。

泣いて愚図る奏太を連れていると、コンビニで買い物することすら大変だった。

奏太はから揚げと鮭のおにぎりを食べ、大好きなプラレールで遊び始めている。

俺は焼き肉弁当を食べ、弁当の容器をコンビニの袋に突っ込むと、スマホを手にする。
(母ちゃんに電話してみるか)

俺の実家は岐阜県岐阜市にあり、西岐阜駅近くで小ぢんまりとしたラーメン店「おぼろさん」を経営している。

父親が29歳でオープンさせてからもう30年以上経つが、まあまあの繁盛店で、今では兄夫婦も両親と一緒に働いている。

兄夫婦は二十代前半で結婚し、子どもは二人。二人ともすでに高校を卒業し、家を出ている。

俺は、まだ営業真っ只中の「おぼろさん」に電話を掛けてみる。

満の母 「はい、おぼろさんです」

   「ははっ」

満の母 「…満? なに笑ってるのよもう」

   「はい、おぼろさんです、ってどうしても笑っちゃうんだよね。うちは円田さんでしょ」

満の母 「それで? どうしたの?」

   「あぁ…」

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俺が端的に状況を話すと、母は「ちょっと待ってて」と受話器を伏せた。

いつものことだ。父に返答の確認をしているのだ。

父は一家の大黒柱であり、お店の経営者。亭主関白で、絶対的存在。

父が右と言えば、左の物だって右。というのが、円田家。

満の母 「もしもし? 心配だけど…忙しくて、手伝ってやるのはちょっと…ムリかな。お父さんが、夫婦二人でどうにかしろ、家族の問題だろ、って言ってるし…」

(思った通りと言えば、思った通りの返答かな。…でも確かに、これは俺の家族の問題だしな。奏太の親である俺とキリの二人で、なんとかするべきか)

   「父ちゃんがそう言ってるなら仕方ないね」

満の母 「ごめんね。ちょっと忙しいから、またね」

電話が切れ、活気に溢れた店の音が消える。
(仕方ない。明日は仕事を休んで、市役所に行ってみよう)

   「さてと。奏太、お風呂に入ろう」

大好きな東西線をレールの上で動かしていた奏太は顔を上げ、キッと俺を睨む。

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奏太  「はいんない! ぼく、はいんないよ!」

   「えー…」
(まぁ、ママが急にいなくなったんだから、そりゃ不安もあるだろうし、しょうがないか。怒らず優しくしてやらないと)

   「じゃあ、パパとお風呂に入りたくなったら教えてね」

奏太  「はいんないよ!」

   「不機嫌だねぇ」

奏太は怒った顔をアピールしながら、テレビ台の下に収納してある電車のDVDを取り出す。

奏太  「これ見たい」

   「わかった」

全国の地下鉄の映像が30分間ずっと流れているだけ、というDVDをつける。

奏太は満足した表情になり、ソファーに座って見始めた。
(この隙に、もろもろ連絡するか)

俺は服で溢れた洋室に向かい、会社の社長に今日の謝罪内容と、妻が入院してしまったことを報告した――。

   「申し訳ありません。明後日からは普通に出社できます、はい、はい、失礼します」

長々と電話をし、持っていた右手を右耳が痛い。

ふーっと鼻で息を吐き、続けて、ケンゾーにもキリコが入院したこと、明日は会社を休むことをメッセージで送った。

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   「終わったー」

大きく伸びをしながらリビングに戻ると、奏太がソファーで寝落ちしていた。

壁の時計を見ると23時を過ぎている。

   「マジか…」

俺はそっと奏太の柔らかな頬に触れる。

   「奏太、お風呂は?」

奏太  「………」

全く反応しない。

   「…仕方ないか」

風呂に一日入らなくたってどうってことない。俺は奏太を抱えると、和室に敷きっぱなしになっている布団に奏太を寝かせた。
(明日は朝イチで市役所だし、俺もさっさと風呂に入って寝よう)

脱衣所に向かい、服を脱ぎ、昼間キリコが唸っていた風呂場に足を踏み入れると――。

奏太  「うわあああ~ん!」

   「…あ、起きちゃったか。脱いじゃったけど…」

――ガシャン!

   「どうした!?」

奏太の泣き声と共に何かが倒れた音がし、俺は慌ててリビングに戻る。

すると寝室から出てきた奏太が、リビングのテーブルの上にあったお茶を豪快にこぼしていた。

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奏太  「あ〜ん! ママ~! ママ~!」

   「パパいるよ。お風呂に入ろうとしてたの。奏太も入る?」

奏太  「ママ~! ママ~!」

奏太はまるで俺が見えていない様子で泣き続ける。俺は床にこぼれたお茶を拭こうとして、雑巾が見当たらない。

   「あぁ、もういいや」

脱衣所からバスタオルを取り、床を拭く。
(今治タオル、よく吸収するな)

床を拭き終わると、俺は急いでギャン泣きモードの奏太を抱き上げる。

   「泣かないの。静かにしようね」

奏太  「パパ、ダメ! ママだっこ! ママ~! どこ~!」

まるで釣りたての魚のように暴れる奏太に体のあちこちを蹴られ、俺の肌は赤く変わっていく。

   「…いたっ! 奏太、痛いよ! 落ち着いてよ。お茶が飲みたかったのかな? 飲もう」

23時過ぎのギャン泣きを止めようと、俺は奏太にお茶を飲ませ、電車のDVDを再生させ、東西線のプラレールを奏太に握らせた。

あやす方法を思いつくままにやっていき、30分後、奏太はようやく泣き止んだ。

奏太  「…ねんね、する」

   「…………はい」

奏太を抱いたまま、一緒に布団に入ると、奏太は泣き疲れたのもありすぐに寝息を立て始める。

俺はまるで忍者のように忍び足で布団から出ると、リビングのソファーに腰を下ろした。

   「ふぅ…」

そしてテーブルの上のお茶をゆっくり飲んでいると、カーテンを閉め忘れた窓ガラスに全裸のおっさんが映っていた。

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   「…ぶっ!」

思わずお茶を吹き出し、カーテンを閉める。

   「俺は変態かよ」

ずっと全裸でいたため、冷えきった体を今すぐ温めたい。

風呂場に向かおうとすると、また小さく奏太のうめき声が聞こえ、俺の体は停止する。
(…ダメだ。もう寝るしかない)

俺は脱いだ部屋着を再び着ながら、「何やってんだか…」とつぶやき、奏太の待つ布団に入った。

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