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公開 2017年05月12日  

夫よ、君はいまなぜソファーに座っているのかな?/連続小説 第5話

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土曜出勤になってしまった夫の満と、そのせいで一人で行けると楽しみにしていた料理教室に子連れで参加しなければならなかったキリコ。教室が終わり自宅に帰る途中、息子の奏太はおしっこを我慢していた。そして…。


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川口元郷駅前の交差点を渡り、アパートやマンション、戸建てが並んだ道を私は息を切らして全力疾走している。

キリコ 「はぁ…はぁ…はぁ…」

奏太  「あぁ…! ちっち!!」

キリコ 「わーってる!!」

奏太を抱えているから重いのは当たり前なのだけど、それにプラスして自分の体も重い。

妊娠で増加した体重があと5キロ戻らない。

(いや、もう三年経っちゃったんだから、戻らないというか、定着しちゃってるのよね)

昔は走ると胸が揺れて痛いという思いをしたことはあったけど、今は走るとお腹のお肉が揺れて痛いんです。わかりますか?

(あぁ…もう限界。もう走れない。…いや、負けるな、キリコ。あともう少しで我が家だぞ)

自分を励まし、築29年のマンションにたどり着く。

エレベーターは、最上階の八階に停まっている。

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キリコ 「あー! 早くして!」

エレベーターのボタンを連打し、無駄に足踏みし、エレベーターを待っていると、やっと一階に到着する。中には小型犬を抱えたおじさんが乗っている。

おじさん「こんにちは。いい天気ですn…」

キリコ 「そうですねー、じゃあ」

三倍速みたいな速さで返答し、エレベーターに乗り込んだ。

奏太  「もう出る。ちっち出る」

キリコ 「待って! 待って!」

無意味に奏太を揺らしながら、私は数字の横を点滅しながら動くライトを見つめている。

(早く八階、早く八階…)

やっと扉が歩き、再び廊下を全力疾走し、我が家がある804号室の鍵をこじ開けた。

(よし!間に合う!)

そう思いながら、奏太の靴を脱がせていると…。

奏太  「…ちっち、出ちゃった」

キリコ 「え…」

奏太のジーパンがじわじわーっと濃い色に変わっていく。

(あぁ…。なんだったの、この時間)

疲れと共にイライラが襲ってくる。

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キリコ 「だから! こうなっちゃうから! トイレ行きたい時は早く言ってね、っていっつも言ってるよね!?」

   「あー、間に合わなかったの?」

やけにのんびりした声が後ろから聞こえ、そしてそのまま通過し、リビングに入って行く。

夫は散らかったままの部屋が見えていないのか、気にもしていない様子で、ソファーに腰掛ける。

ソファーにはまだ畳んでいない洗濯物があるが、畳む気配はなく、グイッと端に寄せやがった。

奏太  「パパ~! リンゴジュース買ってきた?」

   「え、買ってないよ」

奏太  「え~!」

   「お昼ご飯はどうする?」

(いい加減にして…)

キリコ 「ほら! 奏太! こっちに来なさい」

私は無理やり奏太を抱え、お風呂場に連れて行き、濡れたパンツとズボンを脱がせ、奏太のおちんちんをシャワーで洗い流した。

キリコ 「ママ、これ洗わないといけないから、パパに拭いてもらって!」

夫に聞こえるように大きな声で言うも、反応がない。奏太は濡れたままでリビングに向かおうとする。

キリコ 「ちょっと待ちなさい!」

慌てて奏太を捕まえ、タオルで荒っぽく拭く。

奏太  「痛い、痛い」

奏太は嫌がって、逃げるように夫の元に走って行った。

(なんでやってあげてる方がイヤな顔をされて、何もしてない方にニコニコして行くかね。あ~…イライラする)

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本来なら、今日は月に一度の癒しデーだったのに。

本当は料理なんて別に習わなくてもいい。今はネットで検索すれば何でも作り方なんて載ってるし。でもそうじゃない。24時間、子どもの世話をしていることから、少し離れたい。そのための理由が欲しいだけ。

それなのに、夫が急な仕事になったせいで、月にたった二時間の癒しがなくなってしまった。それなのに、夫はなに? 

ぜんぜん手伝わないで、ソファーに座ってテレビを見始めてる。

このパンツを洗うのは私って決まってるの? 

夫はやらなくていいっていつ決まったの?

イライラがマックスに達し、私はパンツを洗っていた手を止める。手に泡を付けたまま脱衣所に立ち、リビングにいる夫に厳しい視線を向けた。

キリコ 「ねぇ、パパ。座ってないでさ、片付けか、皿洗いかやろうって気はないの?」

   「…あー、うん。そうだね、どっちやったらいい?」

キリコ 「………もういい」

奏太  「ママ~、チョコ食べたい! チョコ!」

キリコ 「チョコはないよ。おせんべいでも食べて。それにこれからお昼ご飯」

奏太  「チョコ!チョ(コ!)」

キリコ 「ぅぅうるさい!! 今、誰のパンツを洗ってると思ってるのぉぉお!」

奏太  「……」

キリコ 「……」

奏太  「う…わ~~ん!!」

どすの効いた声が何の違和感もなく私の口から飛び出し、その迫力に奏太が泣き出す。

そんな現場が見えていないのか、夫は涼しい顔でテレビを見ている。

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キリコ 「…パパさ、もううるさいからキットカットか何か買いに行ってくれない?」

   「ん、りょうかい。」

夫は身軽な感じでフラッとリビングを出て行こうとする。

(おいおいおいおい、待てよ)

キリコ 「……。掃除も食器洗いもあるし、連れてってよ、奏太!」

   「…あー」

ぜんぜん気づきませんでした、みたいな反応に私のイラレベルがアップする。私はBun'kichenの紙袋を乱暴に取ると、夫の胸に押し付けた。

キリコ 「今日すごい天気いいし、二人でピクニックしてきたら。私は適当に家にあるもの食べるから。」

   「……分かったよ。奏太、行こう」

二人が出て行き、私はふぅーっと息を吐く。

まだイライラするけど、やっと呼吸が出来た感じ。一人になる時間がないと、私は死んじゃう。

キリコ 「全部、終わったら牛乳プリンを食べよう…」

コンビニの袋に入ったままテーブルに置かれていた牛乳プリンを、私は大切に冷蔵庫に閉まった。

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